AI時代のコンプライアンス・インテグリティ
【コラム】
全てを疑え
1 はじめに
AIは答えを即座に出す。契約書の問題点の指摘。数多の法令から関連情報の抽出。法務・コンプライアンスの現場において、AIは強力な武器です。
しかし、AIの回答のみでは不十分です。我々は「AIの回答どおりの判断をすべきか」と立ち止まらねばなりません。
AIが出すそれらしい答えを、正解として受け入れるのではなく、「疑う」力が必要です。この「疑い続ける」姿勢こそ、AIに代替されない人間の存在価値であり、インテグリティ(Integrity=高潔さ)です。 本コラムでは、AI時代のコンプライアンスにおいて、人間に求められるインテグリティが重要になっていることにつき説明します。
2 4象限
AI時代のコンプライアンスは、「正しい⇔美しい」「Can(できる)⇔Should(すべき)」の2軸から成る4象限に分けて考えられます。

① 美しいことを、すべき(Should)
② 美しいことを、できる(Can)
③ 正しいことを、すべき(Should)
④ 正しいことを、できる(Can)
「正しい」とは、不文律を含むルールに照らして間違っていないという意味です。一方、「美しい」とは、「正しい」を超え、品性と勇気を備えた高潔な姿です。
「正しい」と「美しい」の違いとしては、ダイナミックプライシングを採用してニーズに応じ売上を上げることが「正しい」戦略だとしても、天災時にもそれを維持するのは強欲で「美しい」選択ではないという例が挙げられます。
正しい⇔美しい/Can⇔Shouldの4象限を、社員の解雇を例に取って説明しますと、まず、就業規則等に照らし解雇できるか否かが④「正しいことをできる」の領域です。次に、解雇すべきか否かが③「正しいことをすべき」(正義)の領域です。
意を尽くした態度・手続を取り退職社員と良好な関係を築けるか否かが②「美しいことをできる」(品性)の領域。そのような長期的な目線で解雇すべきか否かが①「美しいことをすべき」の領域です。
3 AIは「4分の1」しか担えない
現在2026年の法務・コンプライアンス実務において、AIは④「正しいことをできる」の領域でとても有用です。しかし、実務では、④の視点のみでは不十分です。汲むべき事情を無視して機械的な解雇をすれば、レピュテーションリスクに発展しかねないからです。解雇できる人を機械的に解雇するだけであれば、法務部・人事部は要りません。
また、新規事業を始める際、「この事業は法律上可能か」「必要な許認可は何か」という④の問いに対しAIは有能に回答しますが、その事業を行うべきか(③)、行うとしてどう根回しし、どう宣伝して行うべきか(①)は別問題です。
さらに、自社サービスに不可抗力による障害が発生した場合、「不可抗力規定に基づき返金・補償をしない」ことが契約上「正しい」としても、常にそうすべきか(③)、何が企業として「美しい」対応なのか(①②)は別問題です。
AIにも①~③の「美しい」「すべき」の判断をさせることはできますが、そのためには膨大な情報をプロンプトに入力する必要があります。契約書や法令のみならず、企業理念、経営者の価値観、業界動向や社会情勢、取引経緯、社内の人間関係、世間からどう見られるか、などです。これら①~③の回答を適切に得るためには、④(正しいことをできる)の回答を得る場合に比べ、10倍以上の情報が必要となるでしょう。
このような手間があるため、多くの方は④の領域という限られた分野でAIを利用しています。①~④領域のうち、AIは4分の1の④領域を担っているにすぎないという現実に気付かぬまま、「全てをAIが代替する」という万能感を感じてしまっている方も多いのではないでしょうか。
4 AI時代こそインテグリティ
このように、「AIは4分の1しか担っていない」という事実を我々は謙虚に受け止める必要があります。その謙虚さは、徹底的に「疑う」姿勢に表れます。
AIは使い切りましょう。でもAIを疑いましょう。
AIが④「正しいことをできる」の回答を出したとしても、①「美しいことをすべき」の視点から、上から目線でAIの回答を疑いましょう。前述の例では、
-解雇できるとしてもどう解雇すべきか
-新規事業を開始できてもどう開始すべきか
-ダイナミックプライシングを常に維持すべきか
-不可抗力を主張して免責されることが美しいか
――という「疑い」を持ちましょう。
古くから、朱子の言葉として「大疑大進」が伝えられており、禅でも「大疑大悟」と言います。「大きく疑うこと」が尊ばれてきました。
疑うべきはAIのみではありません。自分自身をも疑うべきです。
-自分の判断は本当に美しいか
-相手からどう思われるか
-世間から利己的・せこい・がめついと見られないか
――などを徹底的に問い直す。
この自分を疑い、美しさを問い続ける姿勢がインテグリティ(高潔さ)です。インテグリティとは、単に正しいことではなく、「美しいことをすべき」という①の視点です。立場によって「正しさ」は変わります。例えば、原爆投下が正しいかと問われてYESと答える日本人はいないものの、アメリカ人の多くは今でも正しいと思っています。このように、正しさは相対的で、歪み、暴走し、色褪せるおそれを孕んでいます。そこで、正しさよりレベルが高い、品性と勇気を備えた「美しさ」という基準を持ちましょう。それがインテグリティです。
コンプライアンスは「正しさ」の領域にとどまりますが、インテグリティが「美しさ」の領域を担っています。「悪いことをしない」コンプライアンスにとどまらず、「良いこと・美しいことをする」のがインテグリティです。
AI時代に要求されるのは、AIが出す正しさをインテグリティによって「疑う力」。常日頃から疑う力を発揮し、何が美しいかを問い続ける。その謙虚で真摯な姿勢がインテグリティです。このインテグリティを発揮することが、AIに代替されない人間の存在意義といえます。
以上
下請法から取適法へ-改正点と注意点
【コラム】
2026年1月1日に、製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(略称:中小受託取引適正化法、以下「取適法」といいます。)が施行されました。取適法は、従来の下請法の名称を変更し、その適用対象や規制内容を大幅に見直したものです。
そこで、本コラムでは、改正による主な変更点、および、改正法下において事業者が注意すべき点について説明します。
第1 主な変更点
改正により、主に以下の点が変更されました。
1 適用対象の拡大
まず、改正前は委託者と受託者の資本金の額のみを基準としていましたが、改正後は従業員数も基準の1つに追加されています(2条8項5号等)。
また、改正前は発荷主が運送業者に運送を委託する取引については適用対象外としていましたが、改正後はそのような取引も適用対象となります(2条10項)。
さらに、製造委託の対象となる物品も従来の金型に加え、木型等も対象となります(2条1項)。
2 禁止行為の規制強化
受託者が代金につき、委託者に対して協議を申し入れた際に、委託者がこれに応じることなく一方的に代金額を決定することを禁じることが明記されました(5条2項4号)。
また、手形払や支払期日までに代金相当額の金銭と引き換えることが困難な支払手段を禁じることも明記されました(5条1項2号)。
さらに、振込手数料を受託者に負担させることも禁止になります(運用基準第4の3(1)カ)。
3 条件の明示方法の柔軟化
改正前は取引条件の明示方法を原則として書面に限定していましたが、改正後は電磁的方法による明示も可能になります(4条1項)。
4 遅延利息の対象拡大
改正前は、代金支払が遅れた場合のみ遅延利息の対象とされていましたが、改正後は委託者が代金を減額した場合、その減額分も遅延利息の対象となります(6条2項)。
5 勧告対象の拡大
改正後は、違反行為が既になくなっている場合でも、再発防止策をとる必要があるなど「特に必要がある」場合にも、勧告対象になります(10条2項)。
また、違反行為をした委託者が合併等をした後、その事業等を承継した事業者についても勧告対象となります(10条1項)。
第2 注意点
上記の改正を踏まえ、企業が注意すべき点について説明します。
1 適用対象の確認
自社の取引が改正後の取適法の適用対象に含まれるか確認する必要があります。その際は、従来の資本金基準のみでなく、改正により追加された従業員数基準も確認する必要があります。
また、改正により、発荷主が運送業者に物品の運送を委託する取引も適用対象となったため、物流に関する委託取引についても併せて確認する必要があります。
2 契約書等の見直し
契約書や発注書など各種書面の内容を見直す必要があります。特に、給付内容、代金額、支払期日、支払方法、振込手数料の負担者等を確認する必要があります。
3 価格交渉プロセスの見直し
受託者からの価格交渉の協議を無視せず誠実に対応する必要があります。また、後に協議の内容等が問題となることを避けるため、協議の経過や内容を適宜記録しておくことも重要です。
4 社内体制の整備
取適法の対象となる取引を行う部署に対し、改正内容を周知するとともに、必要に応じて社内研修を実施することも有用です。また、自社の取引を適切に把握し、法令違反のおそれがある取引を早期に発見できるよう、取引内容や運用状況を定期的に確認する体制を整えておくことも重要です。
以上
日本の死亡届を海外で使用する方法
日本で提出された死亡届を海外で使用する際の注意点をご紹介します。
海外で相続手続をする際、日本で提出された死亡届の記載事項を公的に証明することが必要になる場合があります。
死亡届は届出人、つまり、親族や後見人名義の文書であるため、公文書ではなく私文書です。そのため、死亡届そのものを海外の公的機関に提出するのではなく、死亡届に記載された事項について日本の公的機関が発行する証明書を取得し、提出先の国に応じた認証手続を取ります。
以下がその手続の概略です。
1 死亡届記載事項証明書の取得
まず、日本の市区町村役場や法務局において、「死亡届記載事項証明書」を取得します。これは、死亡届に記載された事項を公的に証明する公文書です。なお、死亡届記載事項証明書は誰でも取得できるものではなく、取得できる者は届出人や利害関係人に限定されています(戸籍法48条)。
2 認証の取得
次に、取得した死亡届記載事項証明書が日本国の公文書であることを示すため、外務省等においてこの証明書につき所定の認証を取得することになります。もっとも、その際の手続は提出先の国により異なります。
(1) ハーグ条約締約国
提出先がハーグ条約締約国の場合、日本の外務省に対し死亡届記載事項証明書についてアポスティーユを申請し、認証を受けます(申請用紙)。
(2) 非締約国
提出先がハーグ条約非締約国の場合、日本の外務省にて死亡届記載事項証明書につき公印確認を取得し、さらに、日本にある提出先の国の大使館または領事館にて領事認証を取得する必要があります。
(なお、死亡届記載事項証明書に翻訳文を添付し、その翻訳文も含めて認証を取得する場合は、別途、公証役場において公証人の認証及び法務局長の公証人押印証明を取得する必要があります。)
以上の手続を経ることで、死亡届に記載された事項を提出国において公的に証明することができます。
以上










