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2011年08月01日 シンガポール・レポートVol.16

【コラム】

シンガポール・レポート第16回は,シンガポールの商標についてご紹介します。

シンガポールで事業を開始・遂行するにあたり,商品やサービスに関連する名称・ロゴ等を商標(Trade Mark)として登録した方がいいことは,他国と変わりません。そこで,商標登録の必要性や方法などについて説明します。

■ 商標とは

商標は,商品やサービスを他の者と識別するために利用される記号です。シンガポールでは,以下のものを商標として登録できます(商標法(Trade Marks Act)2条)。音も視覚的に表現できれば登録できます。

文字・標示・単語・ラベル・名称・チケット・署名・形状・数字・色彩・図形・包装の外観・ブランド・これらの組み合わせ

■ なぜ商標登録すべきなのか

商標を使用するために,必ずしもそれを登録しなければならないというわけではありません。未登録の商標でも使用することは可能です。しかし,商標を侵害された場合,例えば他人に勝手に自分の商標を使用されたような場合の保護手段が異なります。

すなわち,まず,未登録商標の所有者は自分の商標を守るために,コモンロー上の不法行為の一種である「詐称通用(Passing Off)」を根拠に訴えることしかできません。この場合,原告が勝訴するためには,その商標に名声と信用(goodwill)があることを証明しなければなりません。そのため,自らの商標が広く用いられているわけではない場合,勝訴することが難しくなってしまいます。

また,原告自ら,被告により商標が不当表示されたこと及び原告の信用に損害が生じたことも立証する必要があります。つまり,商標を登録していないと,その商標を侵害されたときの救済が受けにくくなります。

一方,商標を登録しておけば,商標法の定めに従い,第三者が同一ないし類似の商標を許可なく使用することを防ぐことができます。登録商標を根拠に商標侵害訴訟を提訴する場合,コモンロー上の「詐称通用」と異なり,商標を広く使用していることを立証する必要はありません。登録商標侵害者には刑事罰が与えられるし,商標侵害に対して差止請求をすることも法律上認められています。

また,登録商標自体をライセンスに利用したり,第三者へ譲渡したりすることもできます。なお,巷間よく見かける®は登録(registered)商標を示し,TMは未登録商標を示します。

■商標登録するための要件

商標を登録するためには,上述した「商標」に該当しなければならないことのほか,その商標が識別性のある特徴をもったもの(distinctive character)であることが必要です。具体的には,その商品を説明しただけのような名称は商標とはなり得ません。例えば,バナナの商標として「Abxni」のような無意味な名称を商標登録することはできても,「バナナ」という名称を商標登録することはできません。

なお,固有名詞が有名になりすぎて普通名詞化すると,商標権は喪失します(Genericideといいます。有名な例として,「ホッチキス」や「エレベーター」があります)。

また,同一または類似商品・サービスに関する先行登録商標と同一または類似であるために公衆が混同するおそれのある商標は,登録することはできません。

■ 登録期間

商標登録の存続期間は,日本と同様,登録から10年です。10年ごとの更新が可能ですが,更新のためには,商標を一定期間継続して使用していなければなりません。

■登録方法

商標登録のためには,シンガポールの知的財産庁(tha Intellectual Property Office of Singapore=IPOS)に申し立てます。申立てのためには弁護士の助言を得ることが望ましくなります。なぜなら,その商標につき登録手続を進めるべきかにつき弁護士が精査の上で助言できるし,また,登録商標が適切な商品・サービスをカバーできるように申請書類を作成できるからです。さらに,IPOSが商標登録に難色を示した場合,弁護士が適切な対処方法を示してくれます。

当事務所では,シンガポールのDrew & Napier法律事務所を通じて,シンガポールでの商標登録をサポートしています。予算は,一つの商標につき10数万円です。

2011年07月25日 シンガポール・レポートVol.15

【コラム】

シンガポール・レポート15回(中山達樹)は,シンガポールのIPO(Initial Public Offering,新規株式公開)についてご紹介いたします。

■ シンガポール証券市場の概要

シンガポールの証券市場であるSGX(シンガポール証券取引所)には,現在約780社が上場しており(東京証券取引所=2,288社の約3分の1),うち4割が外国企業です。アジアのみならず,北米,オセアニアやヨーロッパなど,世界中の企業が上場しており,上場企業の産業分野は製造,運輸,金融,不動産その他を含む全業種に及びます。

2010年の日本全体の新規上場件数はわずか22件にすぎませんが,SGXではそれを上回る39件であり,IPOの観点からは日本よりシンガポールの方が活況を呈しているといえます

■ メインボードとカタリスト

SGXには,大企業向けの「メインボード(Mainboard)」と新興企業向けの「カタリスト(Catalist)」の2種類があります。SGXで上場するにあたり,シンガポール国内で事業活動を行うことが要求されているわけではありません。

メインボードは,証券取引所により規制される,従来型の証券市場です。すなわち,上場のための一定の基準(利益や時価総額など。なお,IPO時の最低株主数500名以上)があり,その定量基準をSGXが審査します。メインボードに上場する日本企業は,野村ホールディングズ,村田製作所などまだ数社にすぎません。

一方,カタリストは,公認スポンサーにより規制される,新興企業向け市場です。これについては以下に詳述します。

■ カタリストの特徴 

カタリストは,アジアで初めての「スポンサー規制型」の証券市場(Sponsor-Supervised Market)です。ロンドン証券取引所の代替投資市場(Alternative Investment Market, 「AIM」)を模倣して2007年12月に新設されました。

メインボードと異なり,カタリストには上場に際して企業規制や利益に関する定量基準はありません(ただし,IPO時の最低株主数200名以上でなければなりません)。上場適格性は,SGXが審査するのではなく,公認スポンサー(SGXから認可された,経験豊富な専門企業。投資銀行,証券会社,法律事務所の子会社など現在約20社 http://info.sgx.com/Sponsors.nsf/vwActiveSuspendedSponsors?OpenView)による独自の判断に委ねられます。そのため,メインボードに比べて上場審査が緩いといえます。

また,上場後の企業に対する直接の監督も,SGXではなく,この公認スポンサーにより行われます(そのため,上場会社は上場後も常に公認スポンサーを任命している必要があり,上場審査を行なった公認スポンサーはその後3年間はスポンサー業務を継続しなければなりません)。例えば,上場企業にSGX規定違反があった場合は,公認スポンサーがSGXに対して告発を行います。

このように,上場時も,上場後も,公認のスポンサーがSGXに代わって上場企業を審査・監督するというのがカタリストの最大の特徴です。

そして,メインボードでは上場審査期間は約3~5か月とされていますが,カタリストでは上場審査期間が約5~6週間と短くなります。上場費用も,メインボードの半分程度に抑えられています。早期かつ廉価な上場が見込めるという利点があります。

以上のように,カタリストでは,(公認スポンサーによる監督を確保することで)投資家に対して一定の保護を与える一方で,新興企業に対する迅速かつ柔軟な資金調達の途を開いています。

このカタリストには2年前に,味千ラーメンをフランチャイズ展開するジャパン・フーズ・ホールディングが,日本人が経営する企業として初めて上場しました。東南アジアにおける日本食の人気・訴求力を象徴しています。

日本国内需要が伸び悩み日本の株式市場も低迷する一方,東南アジア地域におけるマーケット拡大の必要性は一段と高まっています。そんな中,安定した政治を誇り天災等のカントリー・リスクが少ないシンガポールのSGX(特にカタリスト)においてIPOを行う日系企業は,今後増加していくことが予想されます。

2011年06月13日 シンガポール・レポートVol.14

【コラム】

シンガポールにおける約2年間の研修を終えて帰国し,東京事務所での勤務を再開した中山達樹です。今後もシンガポールの法律事情等を適宜お伝えしていきます。シンガポール・レポート第14回は,シンガポールの競争法についてお伝えします。

日本の独占禁止法は戦後すぐに制定されましたが,他のアジア諸国では独占禁止法(ないし競争法)が制定されるようになったのは比較的最近のことです。現在,ASEAN10か国のうち半数の5か国で独占禁止法(ないし競争法)が制定されていますが,シンガポールの市場競争も,2004年制定の競争法(Competition Act)に基づき,競争委員会(Competition Commission of Singapore, “CCS”…日本の公正取引委員会に相当)により監督されています。
2006年の競争法施行からわずか数年で100を超える事例がCCSに対して申告されており,シンガポールにおける競争法の認知度は高いといえます。

シンガポールの競争法では,その行為がシンガポール国内で行われたか否かを問わず,結果としてシンガポールにおける競争を阻害する行為が禁止されています(33条)。禁じられる行為は,(1)非競争的協定(34条),(2)支配的地位の濫用(47条),(3)企業結合(54条)の3類型に分かりやすく分類されています。

なお,消費者保護の観点からは,非政府団体である消費者協会(Consumers Association of Singapore, “CASE”)が別途処理しています。

1 非競争的協定

競争法34条では,シンガポール国内の競争を阻害する事業者間の協定等(例えばカルテル)が禁じられています。この「協定」は口頭でも成立します。具体的には,「競争に相当の悪影響(appreciable adverse effect)を与える行為」が規律の対象とされています。

特に,①競争者間の協定の場合:市場の20%シェア以下,②非競争者間の協定の場合:25%シェア以下,ないし③中小企業(SME)間の協定であれば,通常はこの「悪影響」がないものとされます。
ただし,価格協定,談合,市場分割及び生産調整は,いわゆるハードコア制限として,市場シェアの多寡にかかわらず,常にこの「悪影響」があるとされます。

垂直的協定,すなわち商品の製造・販売における異なるレベルで交わされる契約(例えば製造業者と卸売業者,卸売業者と小売業者間の契約)は,原則として34条の制限から除外されています(35条。例えば,再販価格協定は原則として許されます。ただし,下記の47条の規制に服する場合はあり得ます)。

また,生産・流通の向上や技術・経済の発展に資するような,終局的な経済的利益(net economic benefit)がある協定も34条の制限から除外されています(35条)。

2 支配的地位の濫用

競争法47条では,支配的地位を濫用する行為が禁止されています(支配的地位を占める事業それ自体を禁じているのではありません)。具体的には,(1)支配的地位を有するか,(2)その地位を濫用するものか,の2段階で審査されます。

(1)支配的地位の有無の認定においては,市場の60%のシェアを超えるかが一応の基準となりますが,それ以下でも場合によっては支配的地位があるものと認定され得ます。

(2)何が「濫用」にあたるかについては,明確な定義はありません。競争法では,不当廉売,生産制限,抱き合わせ販売などが「濫用」の具体例として挙げられています(47条2項)。
濫用の有無は個別に判断され,支配的地位を有する者が自らの行為を客観的に正当化できなければ,濫用と判断され得ます。なお,34条と異なり,垂直的制限にも47条は適用されます。

3 企業結合

競争法54条では,シンガポール市場の競争を阻害する企業結合を禁止しています。企業はCCSに対して事前に企業結合を知らせる必要はありませんが, 54条に違反する企業結合になるかどうかの判断をCCSに仰ぐことはできます。

54条違反になるかどうかの具体的な基準としては,(1)結合後の事業体の市場シェアが40%以上,ないし(2)結合後の事業体の市場シェアが20%~40%で,かつ,3大企業のシェアが70%以上でないかぎり,通常は54条に違反しないとされています。

4 制裁など

競争法違反行為に対する制裁として,排除命令(協定の無効,行為の停止や修正など),課徴金納付(課徴金の上限は売上の10%。ただし3年以内)などがあります。

違反の疑いのある場合にはCCSによる“Dawn Raid”(立入検査。事前通知なしにCCSの検査官が突然会社を訪問する)があるため注意が必要です。この“Dawn Raid”は直訳すると「夜明けの襲撃」ですが,CCSの抜打ち(立入)検査に対する,その性質を上手く捉えたあだ名だと思います。

また,近年世界的に広まっているリーニエンシー(課徴金減免制度)もあり,違反をCCSにいち早く報告すれば課徴金が減免され得ます。

競争法違反を防ぐためには,社内で競争法に関するコンプライアンスプログラムを行い,従業員に対する啓蒙活動をしておくことが望ましいといえます。
その他,CCS のホームページ及びDrew & Napier 法律事務所ホームページに,シンガポール競争法に関する詳細なガイドがあります。

CCS のホームページ:http://app.ccs.gov.sg/
Drew & Napier 法律事務所ホームページ:http://www.drewnapier.com/competition-body.htm

2011年05月28日 シンガポール・レポートVol.13

【コラム】

シンガポールで研修中の中山達樹です。2年間のシンガポール留学も,残すところあと1か月になりました。シンガポール・レポート第13回は,国際仲裁についてご紹介します。

仲裁は,国際商事紛争における紛争解決手段として広く用いられていますが,日本では裁判に対する信頼が高いこと等もあり,なじみが薄いです。今回は,仲裁の特徴について軽くご紹介します。
まず,訴訟と比較した場合の仲裁の利点を挙げると,以下の4つが挙げられます。

(1) 非公開性

裁判が一般大衆に公開されるのと異なり,仲裁では非公開性が保たれています。公衆やメディアは仲裁の傍聴ができませんし,仲裁で使用された文書の入手もできません。このため,営業秘密に関わる紛争については,非公開である仲裁を利用すべき場合が多いといえます。

(2) 中立性

裁判の場合,中立国で裁判が行われることは少なく,自国または相手国において裁判が行われることが多いです。ところが,相手国で裁判を行わざるを得ない場合,その裁判所が中立的な立場に立たず,自国の当事者に(贔屓して)有利な判決を下す場合があり得ます。シンガポールの裁判官の質は高いですが,他のアジア諸国では裁判官に対する信頼が低い国も多いです。「袖の下」を払わないと自らに有利な判決を期待できない国もあります。例えば,インドネシアの裁判所は汚職で有名です。

一方,仲裁では,当事者が自由に中立な仲裁地(例えば,日本とインドの紛争における仲裁地としてシンガポール)を選ぶことができ,また,当事者が自由に仲裁人を選ぶことができるため,中立性はより確保され得ます。仲裁人には,経験と能力のある弁護士が選ばれることが多いので,汚職が行われる心配もまずありません。

(3) 執行可能性

裁判や仲裁において,自らに有利な判決や仲裁判断を得た場合であっても,敗訴した相手方がそれらに従わない場合,執行という強制的な手段を採らざるを得なくなります。この執行可能性という観点から見ても,裁判より仲裁の方が有利といい得ます。

まず,裁判は,原則として国内的効力しか有しません。ある国の判決はその国でしか効力を有しないのです。その判決を外国で執行するためには,別途,外国での承認・執行手続が必要となります。例えば,日本の判決はシンガポールでは比較的容易に承認され得るものの,他のアジア諸国では簡単に承認され得るとは言えません。例えば,インドネシアやタイにいる被告に対して日本で裁判を提訴して勝訴したとしても,被告がその判決に従わない場合,インドネシアやタイに存在する被告の財産に対して執行していくことは困難です。

一方,仲裁においては,ニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)があるため,少なくとも理論的には裁判より執行可能性があると言い得ます。すなわち,世界中の140以上の主要国がニューヨーク条約を締結しており(アジアでは,台湾とミャンマーは締結していませんが),これら締結国は外国の仲裁判断を承認・執行することになっています。それゆえ,理論上は,外国の仲裁判断はこれら締結国では承認・執行され得ます(もっとも,実務上は,締結国でも事情により例外的に承認されない場合もありますが)。

このように,少なくとも理論上は,裁判は外国では原則として承認されないが,仲裁は外国で原則として承認され得るという違いがあります。

(4) 専門性

裁判では当事者が裁判官を選ぶことはできません。しかし,仲裁では仲裁人(通常は1人または3人)を原則として当事者が自由に選べます。そのため,紛争に応じた適切な仲裁人を選任することができ(例えば,建築紛争の場合は建築に詳しい仲裁人を選任するなど),これにより専門家による迅速かつ信頼できる仲裁判断が期待できます。この利点を享受するため,仲裁では適切な仲裁人を選ぶことが非常に重要です。

ただし,仲裁には以下の2つのような弱点もあります。

(1) 上訴がない

裁判においては上訴する道が残されていますが,仲裁では普通,上訴できません。そのため,意に添わない仲裁判断が下された場合にも従わざるを得ないことになります。

もっとも,自己に有利な仲裁判断が下された場合はむしろこの「上訴なし」という点は早期解決に資するため利点となります。それゆえ,繰り返しになりますが,仲裁では判断ミスを犯さないような良い仲裁人を選定することが非常に重要になってきます。

(2) 高額コスト

各国の裁判の長短(例えば,インドの裁判は長く,シンガポールは比較的短い)などの諸事情にもよりますが,一般的には,裁判よりも仲裁の方がコストは高額になり得ます。

これは,仲裁人報酬を当事者が負担するためです。すなわち,裁判官の報酬はその国の税金から賄われるため当事者が直接支払う必要がないのに対し,私的紛争解決手段である仲裁では,自らの代理人弁護士の報酬に加えて,仲裁人の報酬をも当事者自らが支払わなければなりません。しかも,仲裁人は経験豊富な弁護士であることが多いため,その報酬は1時間当たり約5~8万円という高額になり得ます。これらを考慮すると,訴額が1億円を超えないような小規模な紛争では仲裁はお勧めできません。

以上のような利点・弱点を勘案した上で,仲裁を選択するためには,通常,紛争の元となった契約書内に定められている仲裁合意条項(当事者間の紛争を仲裁により解決するという合意)があることが必要です。そのため,仲裁により紛争を解決したい場合は,その紛争の元となる契約においてあらかじめ仲裁条項を定めておくべきことになります。

2011年04月05日 シンガポール・レポートVol.12

【コラム】

シンガポールで研修中の中山達樹です。2年間弱のシンガポール生活もあとわずかになりました。シンガポール・レポート第12回は,シンガポールの民事裁判における弁護士費用についてご紹介いたします。

■ 成功報酬はない

シンガポールでは,日本の裁判実務で多く見られるような着手金と成功報酬という組み合わせはありません。多くは弁護士のタイムコストで決せられます。すなわち,弁護士が費やした時間の分だけの費用が発生します。弁護士一人の1時間あたりの弁護士費用は,弁護士の経験等に応じて約300~約1200Sドル(約2~8万円)であり,日本と同程度です。

■ 弁護士費用の敗訴者負担

日本の裁判では,訴訟の勝敗にかかわらず基本的に自らの弁護士費用は当事者各自が負担しますが,シンガポールでは,勝訴者の弁護士費用の5~8割を敗訴者が負担します。したがって,訴訟に敗訴すると勝訴者の弁護士費用まで負担しなければならなくなるので,慎重に臨まねばなりません。

■ Offer to Settle

また,このような弁護士費用の負担における違いから,日本にはないOffer to Settle(和解提案)という独特の制度があります。これは,和解の提案を弁護士費用の負担という効果に結びつけたやや複雑かつ巧妙なシステムです。

端的に言うと,応じるべきであった和解の提案に応じなかった場合に,多額の弁護士費用を支払わされることにより「罰せられる」制度です。具体的には,原告または被告から和解が提案されたものの,相手方がその提案を拒絶した場合(で,かつ,その拒絶するという判断が結果として誤っていたとき)に,以下のとおり弁護士費用の負担が決定されます。


(1)被告による和解提案

まず,被告がOffer to Settleをした場合で,原告がこの和解に応じず,かつ,被告の提案した和解金額よりも判決額が(同額ないし)低かったとき。例えば,1億ドルの訴訟で被告が5000万ドルの和解を提案したが,原告が(愚かにも)この提案を蹴って3000万ドルの勝訴判決しか得られなかったケースを想定してください。

この場合,原告は「和解に応じるべきだったのに,それに応じずに無意味に訴訟を長引かせた」ことになります。それゆえ,原告は,勝訴したにもかかわらず,和解提案時以降の被告の弁護士費用(の約7~8割=indemnity basis)を負担しなければならなくなります。なお,和解提案までの弁護士費用は,通常の原告勝訴の場合と同様,被告が原告側の弁護士費用(の約5~6割= standard basis)を負担します。

この効果があるため,原告としては,被告の提案する和解案を受諾するか否かを真剣に考えざるを得なくなります。また,被告としても,訴訟の初期に高額の和解案を提示しておけば,それは原告に以後の弁護士費用を負担させ得るという「脅し」になるため,原告に和解を受諾させて訴訟を早期に終了させる可能性が高まります。


(2)原告による和解提案

逆に,原告がOffer to Settleをした場合で,被告がこの和解に応じず,かつ,原告の提案した和解金額よりも判決額が(同額ないし)高かったとき。例えば,1億ドルの訴訟で原告が3000万ドルの和解を提案したが,被告が(愚かにも)この提案を蹴って判決で5000万ドルを支払う羽目になった場合を想定してください。

この場合,被告は「和解に応じるべきであったのに,それに応じず無意味に訴訟を長引かせた」ことになるため,和解提案後の原告の弁護士費用を通常(約5~6割)より多くの割合(約7~8割)で負担しなければならなくなります。被告敗訴ですから,いずれにせよ被告が原告の分も弁護士費用を負担させられることには変わりはないのですが,和解提案後の弁護士費用の負担率が,提案前の負担率より数割高まることになります。

シンガポールで民事訴訟を利用する場合には,このOffer to Settleという制度を理解したうえで,相手方の和解案には慎重に対応し,また自ら戦略的な和解を提案することが望ましいことになります。

シンガポールやイギリスでは,勝訴者の弁護士費用(の一部)を敗訴者が負担することもあり,上記のOffer to Settleのように,訴訟においてコスト(弁護士費用)をどのように考えるかが日本より大きな問題になっています。その証左として,「Cost」という題名の何百頁もする分厚い本があります。日本では「弁護士費用」という題名の本に需要があるとは思えませんが。

2011年03月03日 シンガポール・レポートVol.11

【コラム】

シンガポールで研修中の中山達樹です。今年6月上旬に,2年ぶりに日本に帰国予定です。シンガポール・レポート第11回は,シンガポールの民事裁判における保全処分についてご紹介いたします。

■ シンガポールの保全手続

シンガポールでは,日本の民事保全法のように保全処分(Provisional Remedies)に関する特別の法律があるわけではなく,判例法及び裁判所規則によって処理します。中でも有名なのが,Mareva Injunction (Freezing Order,資産凍結命令)とAnton Piller (Search Order,捜索差押命令)です。

■ Mareva Injunction (Freezing Order)

これは,日本の仮差押処分に相当します。1975年のイギリスのMareva Compania Naviera SA v International Bulkcarriers SA [1975] 2 Lloyd's Rep 509という判例を基にして創られた法理です。下記3要件をみたす場合に,被告の資産を差し押さえることができます。

(1) 原告に勝訴の見込み(good arguable case)があること
(2) 被告が管轄圏内に資産を有していること(Domestic Marevaの場合。これに対してWorldwide Marevaの場合は,管轄圏内に十分な資産がなく,かつ,海外に資産があること)
(3) 被告が資産を散逸して原告の得た判決を執行できなくさせる現実的危険性(real risk of dissipation of assets)があること

マリーバという聞き慣れない名前が付いていますが,基本的に日本の仮差押と変わりません。典型的には被告が有する銀行口座に対して行われます。

■ Anton Piller (Search Order

このAnton Pillerも,イギリスの判例に基づく制度ですが,これに相当する日本の保全手続はありません。あえて似ているのを探せば,証拠保全手続(民事訴訟法234条)でしょうか。私も原告代理人としてこの手続を行ったことがありますが,刑事の捜索差押手続に近いです。

このAnton Pillerでは,原告弁護士が,裁判所の許可を得て,被告の自宅に立ち行って関連文書等を差し押さえることができます。保全手続の性質上(緊急性・秘密性が要求されます),裁判所の許可は被告が知らぬ間に出されるため,被告から見ると,自宅でくつろいでいたらいきなり原告の弁護士が侵入してくるのですから,たまったものではありません。

シンガポールでは,日本と異なり訴状は被告に直接送達するのが原則ですが,このAnton Pillerでも,裁判所命令を原告代理人弁護士が被告に直接送達します。日本人の感覚からすると,自宅に警察ではなく原告弁護士が(しかも訴訟開始前だと,原告の弁護士であるということも知らない状態で)いきなり立ち入ってくるのですから,驚きです。

このような手続が認められる背景としては,英米法では,「手持ち証拠を事前に相手方に開示して不意打ちを与えないようにする」という精神があるため(だからいわゆるディスカバリーという制度があります),下記の4要件を満たす場合は,被告は原告に対して手持ち証拠を開示してしかるべき,と思われているようです。

(1) 原告側に,一見して強力な勝訴の見込み(strong prima facie case)があること
(2) 裁判所の命令によって回避される原告の損害が甚大(very serious)であること
(3) 被告が手元に原告の請求の原因となった文書等を所有しているという明確な証拠(clear evidence)があること
(4) 被告が当該文書等を毀損する現実的な可能性(real possibility)があること

上記4要件を見ると,かなり厳しいように思われますが,実務では案外柔軟に解釈されているようです。典型的には,知的財産の侵害事件で,被告が手元に海賊版を有しているような場合に行われます。

2011年01月12日 シンガポール・レポートVol.10

【コラム】

シンガポールで研修中の中山達樹です。シンガポール・レポート第10回は,実務的な観点からコモンローに対する雑感を述べます。


■ シンガポールの裁判実務における判例の重要性

「コモンロー(英米法)では判例が,シビルロー(大陸法)では法律が重要」であると一般に思われているかもしれません。しかし,このような理解は極めて大雑把で,危険です。なぜなら,コモンローでもシビルローにおいても,「判例よりも条文が大事」であることに変わりはないからです。

すなわち,コモンローの国(たとえばシンガポール)においても,「判例よりもまず法律にどのような規定があるか」を確認しないといけません。判例の重要性が条文を凌駕するわけではありません。もちろん,コモンローの国であるからといって法律(制定法)が存在しないわけでもありません。

例えばシンガポールでも,日本のような民法典はありませんが,憲法,刑法,会社法,訴訟法等その他重要な法律は存在します(民法以外はすべて存在すると言って過言ではないでしょう)。ですからまず法律の条文にあたることが大事です。条文に書かれていない場合にはじめて判例に頼ります。この順番はシビルローと一緒です。

また,シビルローの国(たとえば日本)においても,条文に明確に書かれていないことについては判例の解釈がもちろん重要です。このように,「条文→判例」という順番はコモンローとシビルローとで違いはありません。

しかしながら,シンガポールの実務を扱って感じることは,コモンローの国であるため,やはり判例の重要性は日本に比べて大きいということです。弁護士が裁判で自説を展開するにあたり,自らに有利な判例をどれだけ見つけることができるか,その量(判例の数)が重要になってきます。

具体的には,弁護士が法廷で自説を基礎づける際に,判例や他の文献の写しをファイルした「Bundle of Authorities」(あえて訳せば,「根拠書面集」でしょうか)というものを提出します。これは文字通りBundle(束)になっていまして,時には10数個もの判例の写しがファイルされ,何百頁にも及ぶことがあります。

そして,裁判実務では,より多くのAuthoritiesすなわち判例や文献を提出した方が,一般的には優位に立ちます。つまり,(双方の主張がともに合理性のあるものであることを前提にすれば,)相手方より少ないAuthorities しか探すことができなかった場合は,あまり勝ち目がないことになります。

これに対して,日本の裁判では,もちろん効果的な判例を引用することは重要ですが,シンガポールのように,判例の写しを「束」になって提出することは普通ありません。この違いは,判例の拘束力の違いにあります。すなわち,英米法の方が判例の拘束力が強いため,判例の価値が大陸法におけるよりも高くなるのです。

■ 演繹的なシビルローと帰納的なコモンロー

日本法(シビルロー)の演繹的な思考方法,つまり<大前提→小前提→結論>という三段論法の「論理」に慣れていた私には,シンガポール国立大学大学院で勉強していた当初は,コモンローの迂遠と思える帰納的な「推論」の仕方にうんざりしていたものでした。

なぜなら,日本法では,「大前提」が法律の条文ないしは規範(判例の結論)という形でいわば「与えられて」いるものですが,コモンローでは,数多くの判例からその規範を自ら帰納的に「導き出す」ないしは「発見する」ことが要求されるからです。大昔(100年以上前)の判例を読み(古い英語なので理解するのも一苦労です),「この判例からどんな規範が導き出されるのか」を考えてから,その導き出した規範に,事案をあてはめる(同様の事例の下では同様の結論が出るものと推論する)のです。

具体的なコモンローとシビルローとの違いの例としては,前にも書きましたが,民法96条3項(詐欺における第三者保護規定)が分かりやすいと思います。日本では,Aの所有物をBが詐取し,それを第三者のCに売った場合,AとCのいずれがその物を最終的に取得するかは,民法96条3項に書いてあります。すなわち,

「詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗することができない」

したがって,Aが詐欺を理由にAB間の売買契約等を取り消した場合であっても,Cが詐欺について善意なら,Aより優先してCが保護されることになっています。

これに対し,シンガポールのようなコモンローの国では,一般に上記96条3項のような規定があるわけではありません。似た判例を探し,各判例がCを保護しているか,それともAを保護しているかを検討し,目の前の事案がそれらのどちらの判例に近いか判断して推論するわけです。具体的には,Aが可哀想のように思える事案ではAを保護し(Ingram v Little [1961] 1 Q.B. 31),逆に,Cが可哀想と思える事案ではCを保護している判例があるのですが(Lewis v Averay [1972] 1 Q.B. 198),両者の違いは極めて微妙で,評者によっては前者の判例が間違っていると断じています。

このように,詐欺における第三者保護に関するコモンローの判例は非常に錯綜していまして,人それぞれの各判例の解釈の仕方があったりするのです。多くのCase Book(判例の解説本)を読みましたが,結局「何が規範なのか」は分からず,「自分で(自分なりに)導き出すしかない」という結論に達したのを覚えています。

それくらい,「各事案から帰納的に規範を導き出す」というコモンローの作業は,非効率的で,かつ,不安定であると思いました。いちいち昔の判例を引っ張り出して逐一事実を比較するのではなく,あらかじめ法律にルールが書いてあった方が,国民に予測可能性を与え得るし,判断方法としても簡単ではないかと思ったのです。

しかしながら,シンガポールで実務に従事しているうちに,私の考えも少し変わってきました。大陸法的な「あらかじめ規範が決まっている」ことが,非常に雑なように思えてきたのです。具体的には,「詐欺を行った者(B)から物を取得した者(C)は,なぜ善意のときに保護されるのだろう?」という根本から疑問に感じるようになったのです。なぜそんな96条3項のようなルールがあるのだ? たとえCが善意であっても,事情によってはAを保護すべき事案があるのではないのか? というように非常に「個別具体的に」考えるようになったのです。

これは,日本を離れてシンガポールで働いているうちに,私の思考が「演繹的」なものから「帰納的」なものに変化したことの現れではないかと考えています。当初は,コモンローの推論は迂遠だと毛嫌いしていましたが,最近は事実から推論を重ねるという帰納的な思考方法も楽しめるようになりました。

なお,シンガポールの弁護士も,「条文の文理解釈や趣旨から考える」という演繹的な(一般論から考えるという)思考方法をあまりとらないようです。似たような判例がこう扱っているのだから,目の前の事例でもこう扱うべきだという個別具体的な推論を主に行っています。

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